今日はかすかに東風が吹いている。つまり追い風だ。
ただ雲が多めで、日の出からしばらくたっても気温が上がらず、テントの乾きも悪い。今日もテントの結露を拭くのに時間をとられて出発は9時半。
↓緩やかな谷を見下ろせるところにテントを張った。晴れてれば良いロケーションなのに。
中央アジア以降、犬に追いかけられる事はザラにあってもう慣れてきた。放牧で家畜と一緒にいる犬は意外と追いかけてこなくて、街中でフラフラしてる野良犬も問題ない。恐らくそこが彼らのテリトリーでは無いからだろう。
しかし小さな村を通り過ぎる時などは、家に飼われている番犬に追いかけられる事が良くある。それでも大抵は追いかけられるだけで、そのまま走り続けていれば本気で噛んでくるような事は無さそうだ。
しかし今回は少し雰囲気が違った。ソイツは走ってる自転車の前にも回りこんできて、「仕留め」られそうだった。まあ実際にはそのまま無事に走り抜けたのだが、ちょっとビビッてしまう。まったくもって番犬には困ったものだ。勘違いしてるかもしれないけど、道路は君らのテリトリーじゃないですからっ!
出だしから嫌な感じだったが、それ以降は順調に進む。弱いながらも追い風が吹いているし、今日は足の調子も悪くない。
↓この辺の家の庭にはよく柿がなっている
1時間程度でギョイチャイという町に着くが、昼食にはまだ早かったのでスルー。このペースで行けば昼頃には次の町に着けそうだ。
でも小腹は減っていたので町外れの店でお菓子を買って休憩。
アゼルバイジャンはバクーは発展しているが、地方との格差が大きいと聞いた。確かにバクーとは差があるが、かといって今のところはあまり貧しそうな村は見かけていない。
予定通り昼頃にアグダッシュという町へ。しかしここではなかなか入りやすい店が見つからず(安全に自転車を停めておけるかとか、店の雰囲気とか、気にする事は意外と多い)、結局この町もスルー。
まあ良いや。今日はペースは良いけれど、スッキリしない天気のせいか気分も盛り上がらないし、昼食は適当に手持ちのお菓子で済ませよう。
そう思って町外れの路上に自転車を止めると後ろからやってきた青年に話しかけられた。何かをしきりに伝えようとしてくれているのだが、アゼルバイジャン語なので何を言っているのかまったくわからない。アゼルはカザフと同じ旧ソ連圏だが、日常生活でもロシア語の使用頻度が高いカザフに比べて、アゼルではロシア語はあまり使われていない、という印象を受ける。実際のところはよくわからないけれど。
ともかく、どうやら俺に付いて来いと言っているらしい。「何で?」と問い返すと、何かものを食べるジェスチャーをしたので、「レストランがあるの?」と聞くと「そうだ」と言う。そんなわけでホイホイと付いていってみることにした。知らない人には付いて行きましょう。
ただ実際についていくと、脇道にそれて彼の家に連れて行く気らしい。今日はできるだけ進んでおきたいのであまり寄り道はしたくなかったのだが、今更断るのもアレだし、まあいいか。
彼の家、というか彼の親戚の家であるらしい農家でチャイや昼食を頂いた。
このスープはなかなか美味しくて、バターが使ってあるのかとてもコクがある。具はジャガイモと牛肉で、ここにパンを浸して食べる。
そんな感じで色々と良くしてもらったのだが、はっきり言ってしまうとこれはあまり嬉しい出会いではなかった。
なぜかと言うと、彼らから伝わってくるものが「心からの歓迎」ではなくて、「面白そうだから連れてきてみた」というどちらかと言うと好奇心に寄ったものに感じられたからだ。そういうのって、彼らの表情や、彼らが何事かを言い合って笑っている雰囲気から結構感じ取れるものだ。そしてそれはとても居心地の悪いものでもある。
もちろん彼らにも別に悪意があるわけではなく基本的には善意からの行動であるとは思うのだが、しかしそこには「相手に対する尊敬の念」みたいな他の出会いでは時折感じられたものが無かったように思う。
招いてもらって悪く言うのは心苦しいし、そもそも全部自分の思い過ごしかもしれないのだけれど……。
そんなわけでモヤモヤとした気持ちを持ったまま彼らと別れて再び走り出す。
こういうことって自転車旅をしていると時々ある。冗談半分で物を投げられたり、馬鹿にしたように笑われたり。確かに自転車で旅するなんて、理解できない人には滑稽に映るだろうな。
こう言ってはなんだけど、この国はまだ自転車旅行が認められるほど成長してはいないように思う。自転車旅行というものはある程度生活に余裕がなくては出来ない(結局はただの道楽なので)が、しかしそれは「生活を物質的に豊かにする」という目的のさらに先にそれでは満たされない何かを満たそうとする行為だ。そのような、言ってしまえば“贅沢”な行為は、オイルマネーで一部が潤っているとはいえ、この国ではまだ許されることではないのかもしれない。
遅れを取り戻すために意識的にペースを上げてこぐ。幸いまだ追い風が吹き続けている。
道は平野に入り、カザフスタンを思い出す風景が続く。
↓塩害だろうか?
大きな河を渡って、17時前にイェヴラフという町に着く。
ここで宿に入ってしまうという手も考えたが、小奇麗に整備された町で安宿がありそうな感じでは無い。もうなんだか宿探しをしたり人とのやり取りが面倒になってきてしまったので、商店でビールとジュースだけ買って野宿することにする。
こんな日はテントという殻に閉じこもってしまおう。
イェヴラフの町を通り抜けてもしばらくは農地が続いていてあまり良い野宿場所が無い。しかしなんとか人目につかなさそうな場所を見つけてそこにテントを張ろうとするが、ここで失態に気付く。
水が無い。
さっきの商店で水を買い忘れていた。まだ一応1リットル弱はあるが、夕食・朝食と、さらに明日走り出してから町に着くまでの水分を考えるとかなり心もとない。
今夜は節水生活で我慢するかと思ったが、少し先に村がありそうだったので進んでみることにする。
しかし結局そこにも商店は無くて水は手に入らなかった。もう日没時間を過ぎて暗くなり始めているので、今日はもう諦めてキャンプしてしまおう。まあ1リットル弱あれば気をつけて使えば調理には足りるし、この季候だから明日の走り出しで水分が無くても危険ということは無いだろう。
何とか今日も無事に終わると思っていたが、いつもより水分が気持ち少なめなスープスパゲッティを食べ終え、日記を書きながら少しだけ水分補給しようとさっき買ったファンタのペットボトルを開けたら、炭酸が盛大に噴き出すという大惨事が起こる。
走行で散々振動が加わったとはいえ、今までこんなこと無かったのに今日に限ってなぜ……。しかもテントの中で……。
今夜もどうやらウォッカ先生の力を借りるしか無さそうだ。
【走行データ】
走行距離:98km
総走行距離:9210km